

スクールを通しての共同体の祝福
私は、小学校5年生から中学3年までの間、父の仕事の関係でアメリカに引っ越し暮らしました。アメリカの生活は、非常に辛いものでした。英語が話せないことで、周りからは煙たがられ、何するにも一人ぼっちでした。休み時間や給食の時間は全学年が一斉に集まる中で、一人でいることをさらされている毎日に、私がいなくても誰も気にしない、自分が空気のような存在に思え、消えてしまいたいと、死ぬことばかり考えていた時期もありました。 その苦しい中を乗り越えられたのも、家族の支えと主の御言葉があったからです。辛かったこの経験を通して、家族を心から尊敬し感謝するようになり、神様と個人的な関係が深まりました。ですので、アメリカでの経験を主が祝福して下さったと思っていました。 でも今回のエリヤハウスで示されたことは、どんなに祝福へと変わった苦しみも、痛みとして残っていて、自分と神さまとの関係で解決するだけでなく、信頼できる共同体の中で分かち合い祈って貰うことによりいやされていくということです。 私は共同体への憧れが強く、深い交わりを心から願っている反面、「私の存在は喜ばれ


スクールに参加した恵み
今回の祈りのミニストリースクールで、聖霊は私の過去の問題を明確に3つ示してくださいました。①外で働かない父を裁き、「自分は途中で仕事を投げ出さない」という誓い。これは入社以来28年間働き続けています。②父がお金を踏み倒されたことで、「お金の貸し借りはしない!」という誓い。これは結局、困った人に貸すのではなく差し上げています。③父が母に苦労をかけ放しのまま私が16歳の時に母が亡くなったことに対する、「私は女性には苦労させない!」という誓い。これは彼女が出来た時は施しをしすぎて失敗して来ました。 実は、これらのことはこれまで無意識下にあったのです。むしろ「自分は正しく生きて来た」という自負が強く、今回を通して、これは「高慢な生き方である」と、聖霊にハッキリ示されたのでした。そして、主に罪を告白し、バルナバ担当に父親役をしてもらい、主と父に対して悔い改める祈りの時を持ちました。 また、聖霊は私に父の入院している病院へ行って今日のことを語るように示され、すぐに行って父に対する過去の裁きを告白し、悔い改めの祈りをして来ました。 今回初めてエリヤハ


















