

スクールで主が語ってくださったこと
祈りのミニストリー・スクールで主が語ってくださったことは、私にとって予想外で、でもとても具体的なことでした。思わぬところで、私の長年の苦い実を見ることになったからです。 きっかけは、スクールでのスモールグループのリーダーに決まってしまったということ。以前から、リーダーや人の前に立つことに過剰にプレッシャーや不安を感じていた私ですが、経験を積み、主に祈りながらなんとか乗り越えてきました。 でも、スクール中の私は、自分でも驚くほど動揺し、不安で涙が止まりませんでした。グループタイムでは、その苦い実の反応について祈ってもらいました。 祈りの過程で、自分では発見できなかった「母への怒り」の感情を取り扱われました。 「自分では発見できない」と書いたのは、怒りの感情を持たないという「内なる誓い」を立てて、長年私の心の奥底に隠して生きてきたからです。私の母は、世間体を気にするところがあり、実家の事業不振や祖父母・両親の不仲、父のアルコール依存など、我が家の【恥】を友達に隠すよう言われてきました。自分の悲しみを誰にも言えない経験は、ネガティブな感情を隠す


スクールを通しての共同体の祝福
私は、小学校5年生から中学3年までの間、父の仕事の関係でアメリカに引っ越し暮らしました。アメリカの生活は、非常に辛いものでした。英語が話せないことで、周りからは煙たがられ、何するにも一人ぼっちでした。休み時間や給食の時間は全学年が一斉に集まる中で、一人でいることをさらされている毎日に、私がいなくても誰も気にしない、自分が空気のような存在に思え、消えてしまいたいと、死ぬことばかり考えていた時期もありました。 その苦しい中を乗り越えられたのも、家族の支えと主の御言葉があったからです。辛かったこの経験を通して、家族を心から尊敬し感謝するようになり、神様と個人的な関係が深まりました。ですので、アメリカでの経験を主が祝福して下さったと思っていました。 でも今回のエリヤハウスで示されたことは、どんなに祝福へと変わった苦しみも、痛みとして残っていて、自分と神さまとの関係で解決するだけでなく、信頼できる共同体の中で分かち合い祈って貰うことによりいやされていくということです。 私は共同体への憧れが強く、深い交わりを心から願っている反面、「私の存在は喜ばれ


スクールに参加した恵み
今回の祈りのミニストリースクールで、聖霊は私の過去の問題を明確に3つ示してくださいました。①外で働かない父を裁き、「自分は途中で仕事を投げ出さない」という誓い。これは入社以来28年間働き続けています。②父がお金を踏み倒されたことで、「お金の貸し借りはしない!」という誓い。これは結局、困った人に貸すのではなく差し上げています。③父が母に苦労をかけ放しのまま私が16歳の時に母が亡くなったことに対する、「私は女性には苦労させない!」という誓い。これは彼女が出来た時は施しをしすぎて失敗して来ました。 実は、これらのことはこれまで無意識下にあったのです。むしろ「自分は正しく生きて来た」という自負が強く、今回を通して、これは「高慢な生き方である」と、聖霊にハッキリ示されたのでした。そして、主に罪を告白し、バルナバ担当に父親役をしてもらい、主と父に対して悔い改める祈りの時を持ちました。 また、聖霊は私に父の入院している病院へ行って今日のことを語るように示され、すぐに行って父に対する過去の裁きを告白し、悔い改めの祈りをして来ました。 今回初めてエリヤハ


新しいスクールコースⅠAを受講して
旧スクールを修了していましたが新しくなったコースⅠAスクールを受講して、 今回私は、「私は母には甘えてはいけない。絶対甘えないぞ。」と言う間違った誓いをしていたことに気がつき悔い改めました。 それがあったために、今甘えている教会員の高校生の女の子を見ると 腹が立っていたのだと気づきました。 「先生、甘えていいんだよ。頑張らなくていい んだよ。」と言う言葉に その人に抱きついて大泣きしてしまいました。まさかこんなにまで 甘えたかったなんてびっくりでした。 しかも何と同じ日の夕方娘が、ミニストリー を受けて同じように母に甘えたかったことを告白し、いやしを受け取ったそう です。後から聞いてびっくりびっくりでした。 そして、私の母もまた甘え られなかった人だったんだなあと思い、 代々と同じように私の家族に流れる罪ぶかい構造からの解放を祈り宣言しました。 お陰様で、今その女の子を見ても腹が立たなくなり、とても楽になりました。 スクールのDVDもテキストも全く新しくなっていて、本当 に恵まれました。 すでに受講しておられる皆さんにもぜひ紹介したいと思い


頑張りとパフォーマンスに気がついて
基礎講座で、ある20代の男性が、祈りのミニストリーを受けた時の証しです。 私は、両親の不和、そして離婚を幼い時に経験し、母が泣き崩れることを恐れ、子どもながらに一生懸命に支えようとしました。 そのため、いつも良い子、またどんな嫌な話し(母の愚痴)も聞く子となっていきました。祈りのミニストリーを受けている中で、「本当は、母の愚痴を聞きたくなかった!」という自分の気持ちを正直に認識して、告白することができ、そのことで母を裁いたことを悔い改めました。 このことから、人から受け入れてもらうためにいつも頑張っていた、パフォーマンスが身についてしまっていたことに気がつきました。また、「良い人でないと愛されない」という偽りを信じていた事にも気がつきました。この偽りを信じていたことを悔い改めて、無理ながんばりとパフォーマンスを捨てて、十字架に付ける祈りをしました。神様のゆるしといやし、また心の自由を受け取ることができました。 しばらくしてから、この方から、人間関係における強い緊張感から解放されていることに気がついたと聞きました。ハレルヤ!主に感謝します。


基礎講座の証し
エリヤハウスの基礎講座受講希望を申込みをさせて頂いてから6カ月、実家の父の入院や主人の体調不良等いろんな事があり心身共に疲れておりましたが、二学期に入って大変さは増し、子供の学校のPTA役員としての活動、地域自治会の役員活動など心の平安が失われている中での受講スタートとなっ...


基礎講座を受講して
「あなたの父と母を敬え・・・」のみことばは、十分に傷ついている自分にとって受け入れたくない、やり過ごしてしまいたいと思ってきたことばでしたが、これが神様の第一の戒めであり約束を伴ったものであると語られた時に、従おうと心を決めました。また「裁いてはいけない」のみことばからも、...


















